なぜ御在所岳なのか

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私が平成五年頃に出入りしていた錦之宮通信2号に次の様な一文があります。”天の機到来致します時、救世神がこの峠頂に御降臨ならせられた後、各地より、お孤を持ち旅をして一夜、露滴を忍んで夜明けと共にお孤さんの上に座って大神様を拝んで行く時が来る。その日の為に菰野言うそうです” と辻登美子氏は述べています。

 

 

私はこの一文を重要視しています。当時の錦之宮は出口王任三郎の霊界からの指示によって築かれたものだし、大本教もひふみ神示も「艮之金神」様が神界から書かせたものだからです。

 

今回建てようとしているお宮は聖書でいう天主様のお宮である以上、この御在所岳の麓に建てる必要があります。もう少し時代が進むと御在所岳の登頂に都(エルサレム)が降りてきます

 

ひふみ神示にある”富士のお山に腰掛けてこの方世界中守るぞ”とはこの事です。

 故 辻恵子氏の『琴姫ナリ神示』の中に次の様なお筆があります。

 

『富士の山一つでないぞよ 今の富士山大きいが崩れてしまう菰富士大きくなるぞな 御在所山は世界の中心になるぞな良く地図見てくだされよ』・・・というものですが、当時、恵子氏は『菰野富士にお宮を建てるのよ 』といってデッサンを見せてくれた事があります。

 

現在の菰野富士は国定公園の指定内にあり、かつ菰町の公園になっております。

ここにお宮を建てるなどまず考えられないのですが・・・

 

これとは別に、伊達宗哲氏の本『出口王任三郎と日月神示の雛形神劇』のなかに、皇霊学(数霊学、言霊学、神霊学)の権威武智時三郎のことが記されている。

 

武智翁は、出口王任三郎の命により書かれた『銀の短冊』の御神体の鎮座地を探していた。

そんなある日、『神世より流れ尽きせぬ長良川美濃尾張経て伊勢に入るかも』と無意識に口ずさみ、

 

北伊勢鈴鹿山系に皇都を建設せんと、1946年12月8日岐阜県より移住し、北伊勢の菰に拠点を定めた。そして、北伊勢、日本列島の中央、東西南北の分岐点、統一の数五十の国、聖地なりとした。

 

このような訳で、主の御降臨になるお宮は北伊勢の地、菰野富士辺りに建設致します。

その後に御在所岳に現われる神殿(エルサレム)は我々では出来ません

 

神様がちゃんと降ろして下さいます。

それまでには後五年ほどかかるでしょう!

 

地球が次元上昇した後、天主様の御神殿とそれを取り巻く都『エルサレム』が御在所岳山頂に出現します

 

ここには聖書にもあるように、誰でも入れるわけではありません。

そこで暮らす人々は天主様を中心にして、14万4千人の本当の日本人です。

 

この後、時間と共に地球次元が徐々に上がり本当の五次元世界、黄金の世に変化していきます。

 

 

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