この方とは誰を指すのか?

この方とは、天主様が御降臨される肉宮すなわち人間のことですが、この方(かた)はひふみ神示(日月神示)、艮の金神様が認める人でなければなりません。

 

岩戸開きはひふみ神示に示されている通りに進行します。

 

世界には様々な預言書がありますが、これから予言を言い出す者も増えますが、最後に頼りになるのはこの神示だけです。

 

次の世である、弥勒の世、黄金の世、キリストの世、五次元の世はこの方を中心に運営されていきます。

 

日本に住む日本人に御降臨される主(みろく様)ですから、これは我々日本人にとっては、名誉この上ない事です。

 

そもそも、日本国と日本人種は主がご自分の為に特別に創られたものなのです。

 

その主がなぜにわざわざ、この物質界という天界から見れば重い重力の、どうみても快適とは思えぬ所に降りて来られるのでしょうか。

 

主ご自身でなくても、誰か下臣の者でもいいのではないか?

 

という疑問があると思いますが、その点については、出口王任三郎の『霊界物語』に詳しく記されています。

 

国常立尊(艮之金神)は宇宙を修理個成し、大地の世界を拓かれた祖紳であり、国祖でもあります。

 

国祖は有限の肉体に無限の霊魂を充たしめ、人とし、陰陽二人を始祖として地上におろします。

 

人類は生まれ、増え、やがて地上に充ちますが、人々の吐く息から邪気が生じ、凝り固まって天地を曇らせ、神界も現界もしだいに乱れてきます。

 

そこで国祖は『天地の律法』を定めて、綱紀粛正をはかります。

 

しかし体主霊従の邪気に汚染された八百万の神々にとって、天地の律法は窮屈でならず、DSCF0207.jpgその律法を固執する国祖が邪魔になります。

 

そこで八百万の神々は天の大神に国祖の非をならし、直訴しました。

 

彼らの激しい不満は天の大神といえど静止きれず、国祖に 『少しく緩和的神政をせよ』 と説明し、妻神 豊雲野尊も 『時代の趨勢に順応する神政を』 と、涙とともに諫言します。

 

それでも国祖は、『律法は軽々しく改変すべきではない』といいきり、頑として聞き入れません。

 

天の大神は国祖の主張の正当性を知りつつも、『万紳に一神は変えられず』 と、涙を飲んで隠退を命じます。

 

しかし、天の大神は国祖に、密かに約束します。

 

『貴神が引退すれば、地上神界の乱れはつのり、やがて地上は泥海となって滅びる事態に至るだろう。

 

だから、一陽来復の時を待って、貴神を再び地上神界の主権神に任じ、三千世界を立替え、元の神世に立て直そう。

 

貴神だけには苦労はさせぬ。

 

時いたらば、吾もまた天より下りて、貴神の神業を補佐しよう。』

 

 

 国祖が再出現して立替建て直しの大事業に取り掛かる時は、天の大神もこの方(国祖)をお手伝いしようという神約が交わされたのです

 

ですから、主(みろく様)は必ず降りて来られます

 

それでは、一体どんな人に降りられるおつもりか国祖とはだれなのか、『ひふみ神示』 を見てみましょう。 

 

 

☆『次の四の種だけは”字”に埋めておかねばならんのざぞ』日月の巻第六帖とあるように、その方が見ればすぐに解るようにしてあるし、他の人にも説明が出来なくてはいけません。

 

☆その方とは一体どー言う人なのか探っていきましょう・・・

 

  •  『南の島に埋めてある宝を御用に使ふ時近づいたぞ。』地つ巻き35帖

 

  •   『世に落ちておいでなさる御方御一方竜宮の音姫殿ご守護遊ばすぞ、この方天晴れ表に表れるぞ。』キの巻第13帖  

 

  •   『元の”道”が光輝くぞ。』下巻紫金の巻12帖  

 

  •   『黙っていても力ある人いよいよ世に出る時近づいたぞ。力は神から流れ来るのぞ』日月の巻第11帖  

 

 

  •   『・・・次に人は””真中にしてワとなり、皆の者集まりてお互いに拝み、・・・この”お道”の導きの親尊べよ、どんなことあっても上に立てねばならんぞ、・・・直会(なおらい)には神の座上につくらなならんのざぞ・・たばねの神は、束ねの人は後からじゃ、後から出るぞ。』

 

 

  •   『元の生神様御一方御力出しなされたら手も足も出んことになるのじゃ、・・・理(みち)が神ぞ。理が神の御用ざと申してあろがな。ウメの巻第12帖

 

  •   『神の印つけた悪来るぞ、悪の顔した神あるぞ。』地つ巻18帖

 

  •   『救いの手は東(ヒムカシ)よりさしのべられると知らしてあろが、その東とは、東西南北の東ではないぞ、このことよく判りて下されよ。

 

  •   『西も東もみな宝あるぞ、北の宝はシホミツざぞ、南の宝はシホヒルざぞ、東西の宝も今にわかりてくるぞ、この宝あっぱれ、この世の大洗濯の宝であるぞ。』磐戸の巻第6帖

 

  •   『”クニトコタチ”が””クニヒロタチ”となるぞ』 下巻紫金の巻第11帖

 

  •   ひむかとは神を迎えることぞ、ひむかはその使いぞ。ひむかは神の使いざから、九の道を早う開いて呉れよ、ひむかのお役は人の病をなほして神の方へ向けさすお役ぞ』上つ巻第5帖

 

  •   世に落ちていた鏡世に出るぞ。』マツリの巻

 

 世の中の下層社会で苦労はしているが、良く身魂が磨けていて人の手本のような人と言うことでしょうか。

 

  •  『種は落ちぶれていなさる方で守られているぞ。上下に引っ繰り返ると申してある事近づいて来たぞ。・・  種は百姓にあたえてあるぞ。』 日月の巻第6帖

 

◎聖書のゼカリア書第6章に 『万軍の主はこう仰せられる、見よ、その名を枝という人がある、彼は自分の場所で成長して、主の宮を建てる、すなわち彼は主の宮を建て、王としての光栄を帯び、その位に座して治める。

 

辻恵子さんの『琴秘七リ神示』より

 

恵子氏は自動書記を受けていた時期があり、その本の中にはこの方の名前を指すと思われる箇所があります。

 

平成7年5月2日(火)雨AM8時

 

〇に、三うず八・八中八二かの

二ルぎぬぬときじゃ

あわてる あくを

ぎゅーぎゅーじゃ

旧九・八一ズモへきたられ

タケルの日じゃDSCF0200.jpg

はるな・〇田よたのむぞ

 

上の写真はその頃の恵子氏の自記筆のもので、いろんな方が龍の付く道号を頂いています。

 

私も頂きました。

よく見ると写真の左端には、『平成8年7月7日王任三郎聖師より神示にて決定』と書いてあります。

 

 

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